「私の赤ちゃんを返して!」―絶望の果て、母親は孤独な新聞記者と出会った
1988年、政情不安に揺れる南米ペルー。貧しい生活を送る先住民の女性、20才のヘオルヒナは、妊婦に無償医療を提供する財団の存在を知り、首都リマの小さなクリニックを受診する。数日後、陣痛が始まり、再度クリニックを訪れたへオルヒナは、無事女児を出産。しかし、その手に一度も我が子を抱くこともなく院外へ閉め出され、娘は何者かに奪い去られてしまう。夫と共に警察や裁判所に訴え出るが、有権者番号を持たない夫婦は取り合ってもらえない。新聞社に押しかけ、泣きながら窮状を訴えるヘオルヒナから事情を聞いた記者ペドロは、事件を追って、権力の背後に見え隠れする国際的な乳児売買組織の闇へと足を踏み入れるが―。
新たな才能を世界が絶賛!現代社会のさまざまな問題を浮き彫りにした野心作
実際に起きた事件を基に作られたこの作品は、ペルー出身の女性監督メリーナ・レオンの長編デビュー作。2019年カンヌ国際映画祭・監督週間で注目を集め、以来世界十数ヶ国の映画祭において作品賞他32部門で受賞。2020年アカデミー賞・国際長編映画部門ではペルー代表に選ばれ、ノミネートは逸したものの、その抑制を利かせた演出スタイル、モノクロ×スタンダードの画面に際立つヴィジュアル・センスは、新たな才能の誕生を実感させる。へオルヒナを演じたパメラ・メンドーサは、レオン監督に見出された無名の新人。その無垢な存在感、自然体の演技は高く評価され、リマ ラテンアメリカ映画祭では特別賞(女優賞)を受賞している。

赤ん坊を奪われた母親の悲哀と絶望、そして、孤独な新聞記者が内に秘めた苦悩と使命感を描いたこの作品は、貧困と格差、人身売買、民族差別とジェンダー差別、全体主義とテロリズムといった社会問題をも浮き彫りにし、それらが今の時代においても何ら変わっていないことを静かに提示してみせた野心作だ。
本作の、モノクロ、スタンダード画面の四辺が、うっすら霞んでいるように見えるのは、昔のテレビのブラウン管の映像を意識したレオン監督の意図的な表現です。映写の不備などではありませんので、念のため付記いたします。
カンヌ国際映画祭2019
監督週間出品
アカデミー賞2020国際映画賞
ペルー代表
ペルー
リマ ラテンアメリカ映画祭2019
作品賞(審査員特別賞) メリーナ・レオン
ペルー映画作品賞(文化省賞) メリーナ・レオン
ペルー映画脚本賞 メリーナ・レオン、マイケル・J・ホワイト
特別賞(女優賞) パメラ・メンドーザ
ブラジル
シネ・セアラー映画祭2019
作品賞(ブラジル批評家賞) メリーナ・レオン
撮影賞 インティ・ブリオネス
作曲賞 パウチ・ササキ
ミラーダ大学賞・作品賞 メリーナ・レオン
チリ
サンチアゴ国際映画祭2019
作品賞(シグニス賞):メリーナ・レオン
チリ
ヴィーニャ・デル・マール映画祭2019
審査員特別賞 メリーナ・レオン
FEISAL賞 メリーナ・レオン
メキシコ
FICUNAM国際映画祭2020
観客賞 メリーナ・レオン
プエルトリコ
ファインアーツ国際映画祭2019
第一回作品賞 メリーナ・レオン
キューバ
ハバナ映画祭2019
作品賞(ハバナ大学賞):メリーナ・レオン
アメリカ
ボストン ラテン映画祭2019
作品賞 メリーナ・レオン
アメリカ
デンバー国際映画祭2019
作品賞 メリーナ・レオン
アメリカ
パームスプリングス国際映画祭2020
審査員大賞 メリーナ・レオン
カナダ
モントリオール映画祭2019
FIPRESCI賞 メリーナ・レオン
ダニエル・ラングロワ・イノヴェーション賞 メリーナ・レオン
スペイン
ウエルヴァ ラテンアメリカ映画祭2019
作品賞 メリーナ・レオン
監督賞 メリーナ・レオン
技術・芸術貢献賞
女性監督作品賞 メリーナ・レオン
撮影賞 インティ・ブリオネス
ギリシャ
テッサロニキ映画祭2019
監督賞 メリーナ・レオン
マーメイド賞(特別賞) メリーナ・レオン
フランス
ビアリッツ国際ラテンアメリカ映画祭2019
審査員特別賞 メリーナ・レオン
ドイツ
ミュンヘン映画祭2019
新人監督賞 メリーナ・レオン
スウェーデン
ストックホルム映画祭2019
作品賞 メリーナ・レオン
撮影賞 インティ・ブリオネス
ウクライナ
キエフ国際映画祭2020
エキュメニカル審査員賞 メリーナ・レオン
トルコ
イスタンブール インディペンデント映画祭2019
作品賞 メリーナ・レオン
メリーナ・レオン【監督・脚本・製作】
ペルー出身。コロンビア大学MFA映画学科卒業。短編第2作『リリの楽園』(09)は、ニューヨーク映画祭でプレミア上映され、ブラジルのサンパウロ国際短編映画祭で最優秀ラテンアメリカ短編賞を受賞。その他、コロンビア大学映画祭・作品賞、ペルーのFENACO国際短編映画祭・作品賞、サンディエゴ・ラテン映画祭・最優秀学生映画短編賞を受賞した。日本でも2010年12月19日、早稲田大学小野記念講堂で開催された「CON-CAN Movie Festival -CORTO TOKYO 2010」で上映されている。長編デビュー作となった本作『名もなき歌』は、カンヌ映画祭・監督週間で上映され、以降世界各国の映画祭32部門で受賞し、21部門でノミネートを果たした。現在ペルーのリマとニューヨークを拠点に活動中。
【フィルモグラフィ】
『Girl with a Walkman』
(07/短編13分)
『リリの楽園』“El Paraíso de Lili”
(09/短編17分)
『名もなき歌』
(19/長編デビュー作)
インティ・ブリオネス【撮影監督】
1971年、ペルー、リマ出身。本作でブラジルのシネ・セアラー映画祭、スペインのウエルヴァ ラテンアメリカ映画祭、スウェーデンのストックホルム映画祭の各撮影賞を受賞。1990年、フランスに渡り映画を学ぶ。帰国後もラウル・ルイス監督らベテラン映画人たちに学び、数多くの短編やドキュメンタリーを撮影。1996年にはチリの短編映画製作者協会の会長を務める。今世紀に入ってから長編も手掛けるようになり、2013年にはバラエティ誌の「注目すべき10人の撮影監督」の1人に選ばれた。日本で紹介された作品にガエル・ガルシア・ベルナル主演『ロンリエスト・プラネット 孤独な惑星』(11/未)がある。
パウチ・ササキ【音楽】
1981年、ペルー、リマ出身。本作でブラジルのシネ・セアラー映画祭で最優秀音楽賞を受賞。作曲家、ヴァイオリニスト、実験音楽のアーティストとしてさまざまな映画、ビデオ、演劇、ダンス、インスタレーション作品に参加。これまでドイツ、アメリカ、フランス、日本、メキシコなど、各国でコンサート活動も行っている。
パメラ・メンドーサ【へオルヒナ】
リマ ラテン・アメリカ映画祭で特別賞(女優賞)を受賞。メリーナ・レオン監督に見出され、本作で映画デビュー。
トミー・パラッガ【ペドロ・カンポス】
2007年からTVシリーズを中心に活動中。『La Vigilia』(10)、『El evangelio de la carne』(13)、『La hora final』(17)などの映画にも出演。
ルシオ・ロハス【レオ】
本作で映画デビュー。
マイコル・エルナンデス【イサ】
リドリー・スコット監督『エクソダス:神と王』(14)、『ドント・グローアップ』(15/未)、『グレイハウンド』(17/未)、スペイン映画『嵐の中で』(18/NetFlix)などに出演している。
メリーナ・レオン監督の見事なデビュー作は、名もなき人々に向けて奏でられた美しい哀歌だ
812FILMREVIEWS
真にオリジナルな作品。情感とリアリティ、鮮烈な美しさ。新鋭メリーナ・レオンに要注目!
Empire
不条理な犯罪と権力者の腐敗を告発し、厳しい目を向けている
Hollywood Reporter
美しい悪夢のような、スタイリッシュな撮影
Variety
清冽かつ詩的、そして胸を締めつけられる
Movie Nation
情感に満ちたイメージ、あまりの厳しさに目が離せなくなる
Hyperallergic
打ちのめされる。まさに悲劇というべき作品
Guardian
真の力作。アンデスの民話や伝説のようだが、人々の痛みを美化していない
FilmWeek
KPCC - NPR Los Angeles
この見事な作品の底流には、ゲイのラヴ・ストーリーが描かれている
Awards Daily
作品から伝わってくる疎外感は、意図的であり、強い印象を残す
New York Times
親密な眼差しで喪失と痛みを探求し、描き上げている
Slant Magazine
これは、今日まで続く、ペルーの歴史に刻まれた傷跡の記録だ
Screen International
キャスト
へオルヒナ・コンドリ
パメラ・メンドーサ・アルピ
ペドロ・カンポス
トミー・パラッガ
レオ・キスぺ
ルシオ・ロハス
イサ
マイコル・エルナンデス
スタッフ
監督:
メリーナ・レオン
脚本:
メリーナ・レオン
マイケル・J・ホワイト
製作:
インティ・ブリオネス
メリーナ・レオン
マイケル・J・ホワイト
共同製作:
ローランド・トレド
ラファエル・アルヴァレス
パトリック・ベンコモ
アンドレアス・ロアルド
ダン・ウェクスラー
ハマル・ツェイナル=ツァデ
撮影監督:
インティ・ブリオネス
編集:
メリーナ・レオン
マヌエル・バウアー
アントリン・プリエト
音楽:
パウチ・ササキ
音響デザイン:
パブロ・リヴァス
制作:ラ・ヴィダ・ミスマ・フィルムズ
共同制作:ラ・ムーラ・プロドゥクシオネス、MGC、ボード・カドレ・フィルムズ
提携制作:トーチ・フィルムズ

2019年/ペルー、スペイン、アメリカ合作/スペイン語、ケチュア語
モノクロ/スタンダード/5.1ch
上映時間:97分/日本語字幕:比嘉世津子
配給: シマフィルム、アーク・フィルムズ、インターフィルム
後援:ペルー共和国大使館
ⓒLuxbox-Cancion Sin Nombre
誰も抗えない、声をあげられない、耳を傾けない。ただ弱者は押し黙り、歌うしかない。モノクロのTVサイズに抑制された映像で、貧困と混乱、絶望が現実であることを思い知らされる。“名もなき子守歌”を聴きながら、ラストで感じる無力感が決して耳から離れない。
小島秀夫
ゲームクリエイター
寓話であり、神話であり、悪夢のようである。美しいは残酷。残酷は美しい。白黒の映像がまるで冷たいメスのように心を裂いてくる。
まだ明けない朝、窓を開け放ち、冷たい大気を吸い込んで宙に向かって息を吐く。
新人監督の一作目は、世界に向けた最初の息吹き。
全てのカットに監督の確信を感じて勇気をもらうようだった。
橋口亮輔
映画監督
実際に起きたペルー先住民の嬰児誘拐事件をモノクロ・スタンダードで描き、ブニュエルの『糧なき土地』の崇高さに達する。
世界のどこかにいる我が子のため母が歌う子守歌がアンデスの山に響き、観る者の胸を締めつける。
町山智浩
映画評論家
キュアロン『ROMA /ローマ』の圧倒される美しさ、ディアス『立ち去った女』の高尚な静謐さ、
あるいはイーストウッド『チェンジリング』の不条理な恐ろしさを想起させる『名もなき歌』。
色を失った白黒の世界は、無数の希望が灼けつきた灰塵に見える。
そんな世界のなかで、悲劇に見舞われた女とセクシュアリティを抑圧される男が手を取り合う。
女性の新人映画作家が紡ぐこの抒情詩を見逃してしまうのは、あまりに惜しい。
児玉美月
映画執筆家
終始フォトジェニックな世界観
画角も色彩も限定されている中で、登場人物の時に激しく
時に静かに揺れる心情が痛いほど真っ直ぐに伝わってくる
シシド・カフカ
ドラムボーカリスト・女優
過去を呼び起こすモノクロームの映像美。暗澹たる現実と、盗まれた我が子を探す20才の先住民女性ヘオルヒナのひたむきな姿。彼女を支援するゲイの新聞記者。過酷な現実の中で人々が優しさと共感力でつながっていく。人種差別、格差、ジェンダー、多様なリアリティが交差する世界を描きだした監督の力量に脱帽
細谷広美
文化人類学者 成蹊大学教授
疎外された先住民。公的身分証明書がないため、そこに「いる」のに「いない」とされるが、このような「いない」とされる貧しい人たちを通じて儲けるのは、公職に就く裕福な人たちだ。
当時のペルーの通貨はインティ。先住民言語で太陽を意味する。そして、作品冒頭に登場するハサミ踊りは、2010年にユネスコ無形文化遺産に登録された。
先住民は、奪われるときだけ、そこに「いる」ものとして包摂される。
兒島峰
神奈川大学准教授 ラテンアメリカ研究
「名もなき歌」とは沈黙によって表現される哀歌である。先住民のヒロインは子を奪われた悲嘆を言葉では一切語らない。彼女に寄り添い、道行きをともにする記者もまたゲイとよばれる少数者だ。それぞれ苦しみを抱えた少数者どうしが「名もなき歌」に共振する時、この世の不条理に対峙する連帯のかたちが仄見える。それは腐敗しきった世界に対して、「別の視点から考えろ」という欺瞞を拒み、悲しむ者の側に立つ静かな闘いである。
真鍋祐子
東京大学 教授
1980年代ペルー、舞台は首都リマ郊外のスラム地域。
映画はテロ時代という時代的背景や緊張感を映しながら、アンデス地域からの移住者の都市での生活、大きなテーマとして貧困が描かれている。
主人公の夫がアヤクーチョのダンサーで、彼が貧困によってテロに加担してゆくシーンなどは印象的だがペルーの歴史背景を知らないとややわかりにくいかもしれない。
映像が都会的なタイム感で描かれるのはなく、農民的タイム感で描かれているのが面白かった。ただ、現実のペルーの方がこの映画よりも全然恐い。
笹久保伸
ペルーギター奏者